お金とは価値であり、価値とはレア度、つまり需要があって供給が少ないもののことです。したがって稼ぐこととは、努力の量を増やすことではなく希少性を設計することです。最も重要な発見は、希少性の素材があなた固有の痛み(B)と問い(α)から導かれるという点で、その組み合わせは定義上その人にしかありません。だから「レアになる」ことと「自分らしくある」ことは対立しません。

シリーズ第6章「実装と資源」の記事で、対象は原則14(お金と仕事のポートフォリオ)です。原則6.5の「結果期待」を具体化する回でもあり、「できる」と思えても「やっても報われない」と思っていれば行動は起きません。


目次

  1. 3つの基本原則とレア度=掛け合わせ
  2. キャリア資本という見方
  3. ライスワークを減らす戦略とお金のポートフォリオ
  4. 大きな資金はストックから生まれる
  5. 社会貢献はお金になる|受益者と支払者、そして旬
  6. よくある質問
  7. まとめ
  8. 参考文献

1. 3つの基本原則とレア度=掛け合わせ

この体系のお金に関する主張は、3つの基本原則に整理できます。

第1に、生きるのにかかる費用はもともと少なく、削るものは削れます。固定費を下げることは、収入を上げることと数学的に等価であり、しかもはるかに早く実現できます。月3万円の固定費削減は、手取りで月3万円の増収と同じ効果があり、増収より圧倒的に早く実現できます。さらに固定費が低いほど、稼げないが貴重な経験を選べる自由度が上がります。

図解

第2に、お金とは価値であり価値とはレア度であるというのが原則14の中核命題です。

職種の例 需要 供給 結果
コンビニ店員 多い 多い(誰でもできる) 時給は低位で固定
看護師 多い 限られる(4年の学び+資格) 中位で安定
医師・弁護士 多い 強く限られる(10年の学び+難関資格) 高位
トップの芸能人・経営者 多い 極端に少ない(才能+10年の蓄積、かつ掛け合わせ) 上限がない

この体系では「時給1000円から10万円の世界」の下に「時給300円で弟子入り」という領域があるという見方をします。これは損ではなく、レア度への投資です(第3節のポートフォリオで扱います)。

第3に、誰でもできる仕事は価値が薄いものの、目的意識があれば別です。同じアルバイトでも、そこで何を学び何につなげるかという文脈があれば投資になります。これは原則9-Bの機能的文脈主義(行動は形ではなく機能で評価する)と同じ発想で、生活費のためのバイトと店舗運営を学ぶためのバイトは、形が同じでも機能が違います。

レアになるための現実的な戦略として広く知られているのが、掛け合わせです。100人に1人の専門性を3つ掛け合わせれば、100万人に1人の存在になれます

図解

一つの領域で1万人に1人になるには極めて長い時間と才能への依存が必要ですが、3つの領域でそれぞれ100人に1人になるなら、各領域で数年、リスクも分散され、多くの人に到達可能です。「100人に1人」は驚くほど低いハードルで、その領域に本気で3年取り組めば多くの場合到達します。

そしてこの掛け合わせは、原則7・8で特定したA・α・Bから自然に導かれます。

図解

「市場で売れるものを探す」のではなく、その人が何に痛み何を問い続けてきたかが、他の誰も持っていない組み合わせを作ります。ただし需要がなければ価値になりません。レア度は「需要÷供給」であり、供給が少ないだけでは足りない点は、第5節(旬)で扱います。


2. キャリア資本という見方

キャリア資本とは、希少で価値のあるスキルのことで、これを蓄積してから自律性や意義と交換すべきだという考え方です。Cal Newportは『So Good They Can’t Ignore You』(2012)で、「情熱を追え」という助言を批判し、この主張を展開しました。

図解

Newportの「情熱を追え」批判の要点は、情熱が仕事に先立って存在するのではなく、熟達の結果として生まれることが多いというものです。これは原則6.5のSCCT(社会的認知キャリア理論)——興味は自己効力感の下流にある——と同じ構造で、異なる出自から同じ結論に着いています。

この体系のメモにある「稼いでないほうが稼ぐパワーは上がっている」という一文も、同じことを言っています。目先の時給を追わずに希少なスキルと経験を積んでいる期間は、キャリア資本を蓄積している期間です。時給0円やマイナスの活動が、後の高い時給を作るという時間差の理解が、次節のポートフォリオの前提になります。

Newport この体系
出発点 スキルの蓄積 B(痛み)とα(問い)
情熱の位置 結果として生まれる 痛みから既に存在する
資本の位置 最優先 A(願い)を実現する手段

これは折衷ではなく順序の問題です。Aがあっても資本がなければ実現せず、資本があってもAがなければ方向が定まりません。両方が要ります。


3. ライスワークを減らす戦略とお金のポートフォリオ

ライスワークとは、生活費を稼ぐためだけに時間を切り売りする働き方のことです。この体系のメモにある「バットを買うためにバイトする大谷みたいにもったいない」という比喩は、才能ある人が目先の生活費のために時間を切り売りすることの機会損失を突いています。

対策は初期資本を持ってくることで、この体系が挙げる調達源は家族(例:親から300万円)、奨学金やクラウドファンディング、ローンの3つです。ただしこれは万人に開かれた選択肢ではありません。家族から資本を得られるかどうかは家庭の経済状況に強く依存し、これ自体が社会的な不平等の一部です。コーチとしては、クライアントの実際の制約を無視して「初期資本を持ってこい」と言うべきではなく、原則6.5のSCCTが「環境的障壁」を理論に組み込んでいたことを思い出す必要があります。

図解

このうち①が最も重要で、障壁の少ない人にも多い人にも共通して有効です。固定費削減は増収と数学的に等価であり、しかも他者の許可を必要としません。原則6.5の障壁の扱い方(認識→検証→目標の再設計)を、ここで適用してください。

実際の設計は、原則8のワーク(タイムライン、鬼盛り職業)を見ながら、なりたい姿と稼ぐお金のポートフォリオを作るという手順で行います。半年後・3年後・5年後それぞれについて、どんな姿か、時給はいくらか、制約がなければ0円でもマイナスでもやりたいことは何かを問います。

時期 時給の階層 内容
現在 1000円 見習い起業家
0円 いろんなプロジェクトの企画屋さん、人をつなげるシェアハウス管理人
マイナス つながりを探究する大学院生、世界一周
3年後 3000円 新規事業開発屋
1000円 至高のワークショップ実験家
0円 最高の米作り農業アシスタント

この設計には3つの卓抜さがあります。第1に、一つの職業を選ぶのではなく時給の異なる複数の活動を同時に持つポートフォリオである点です。高い時給の活動は生活を支え、0円の活動はレア度を上げる経験を積み、マイナスの活動は将来の掛け合わせの素材への投資になります。

図解

第2に、「マイナスでもやりたいことは?」という問いが、原則8の魔法のステッキと同じ機能を果たします。お金の制約を外すと、その人の本当の関心が現れ、それが3年後・5年後のレアな掛け合わせの素材になります。第3に、時間軸で見ることが本質で、現在の「0円・マイナス」の活動が3年後には「1000円・3000円」の活動に変わるという、ポートフォリオ全体が上昇していく設計を本人に描かせます。今の時給が低いことは問題ではなく、上昇する設計になっているかが問題です。

今日から試せることは次の3つです。固定費を1つ削る(月1万円でよく、増収と数学的に等価です)。自分のスキルを3つ書いて「100人に1人」かを判定する。そして「自分がやることで喜ぶ人」を段階的に広げてみる(次節で扱います)。


4. 大きな資金はストックから生まれる

この体系のメモに記された「1億円のファンドレイジングに必要だったもの」は、社会的事業の資金調達の要件を的確に列挙しています。

# 要件 対応する原則
1 事業の社会的意義の明確化。時流に合わせる 原則15(時代分析)
2 社会課題と解決策への解像度の高さ 原則9-A(システム分析)、原則8(α)
3 それらの実績と仲間 原則13(β)
4 科学的根拠 原則9-A(セオリー・オブ・チェンジ、ロジックモデル)
5 継続年数、社会的信用、発信力の蓄積
6 関係者との信頼性 原則13(信頼残高)
7 他分野とのコラボ力 原則13(弱い紐帯)、原則14(掛け合わせ)

最も重要なのは「これが1億円の世界。めちゃくちゃストックしているからできること。でも10年前は、しょぼい。ぜんぶない」という一文です。上記7項目はすべてストック(蓄積)であり、フロー(今の努力)では作れません。今できることは、10年後にこれを持つために今日から何を積むかを決めることだけです。この考え方は、原則21の「10年単位のトランジション」に接続します。

原則9-Aで見たストックとフローの概念が、ここで効いてきます。

ストック フロー
性質 蓄積される 流れる
信用、実績、関係、スキル 今月の売上、今日の努力
変化の速度 遅い 速い

ストックは瞬間には変わらないため、今日の努力が結果に見えないのは正常です。原則9-Aの「遅れ」がここにあります。実務での対処は、遅れの短い指標を用意することです。「今月いくら稼いだか」ではなく「今月、ストックを何個積んだか」を記録すると、進捗が見えやすくなります。


5. 社会貢献はお金になる|受益者と支払者、そして旬

社会的事業のビジネスモデル設計の核心は、対象が持っていなくても、それで得をするプレイヤーが必ずいるという構造にあります。受益者と支払者は一致しなくてよいのです。

事業 受益者 支払者
若者の就労支援 若者本人(払えない) 行政(生活保護費の削減)、企業(採用コストの削減)、財団
地域の居場所づくり 高齢者・子ども 自治体(医療費・介護費の抑制)、地元企業(CSR)
不登校支援 子ども・保護者 自治体、教育委員会、企業(従業員の離職防止)

支払者を発見するには、「自分がやることで喜ぶ人は誰だ」という問いを段階的に広げます。①直接の受益者は誰か、②その周りで助かる人は誰か、③それによってコストが減る組織はどこか、④それによって価値が上がる事業者は誰かという順です。

図解

原則0の「クライアントの周り、そのまた周り」という同心円が、ここではビジネスモデルの形で再登場しています。「自分のやっていることの意味づけが大事」とは、この価値の連鎖を言語化する能力のことです。ロジックモデルやセオリー・オブ・チェンジ(原則9-A)とそれを裏付けるリサーチが道具になります。「良いことをしています」では支払者は動きませんが、「あなたの組織のコストが年間○○円減ります」なら動きます。同じ事業の、別の言語化です。

さらに重要な洞察が「旬」です。その人の個性や想いと時代がマッチする旬があり、そこがお金が入るときです。同じ事業でも時代の側の準備ができていなければ売れません。逆に言えば、売れないことは価値がないことを意味しません

図解

コーチの役割は二重になります。第1に待てるようにすること——今が旬でないならストックを積みながら待てるようにする(固定費を下げ、ポートフォリオを組む)。第2に翻訳すること——その人のAを今の時代の需要と接続できる形に翻訳する(原則7の統合、原則15の時代分析)。「売れないからやめましょう」でも「売れるまで頑張りましょう」でもなく、待てる構造を作ることが要点です。

最後の一文は「稼ぐだけじゃなくて、大きな額を動かせるようになれ」です。個人の収入と、社会に投じられる資源の総量は別の話です。年収1000万円の人より1億円のファンドを動かす人のほうが社会に対する影響力は大きく、後者は必ずしも前者より収入が高いわけではありません。これは原則19(リーダーシップ)への布石です。


6. よくある質問

「レアだから稼げる」は、冷たい考え方ではないですか?

記述であって規範ではありません。「レアでない人には価値がない」という主張ではなく、市場価格がどう決まるかの記述です。人間の価値と市場価格は別のものです。掛け合わせの素材はA・α・Bから来るため、その組み合わせは定義上その人にしかありません。だから「レアになる」ことと「自分らしくある」ことは対立しません。

好きなことでは食べていけません。

2つの可能性を分けてください。まだ旬が来ていない場合は、価値がないのではなく時代の側の準備ができていないため、待てる構造(固定費を下げる、ポートフォリオを組む)を作ります。供給が多い領域にいる場合は、需要はあるが同じことをできる人が多いため、掛け合わせで希少性を上げます。好きなことすべてで食べる必要はなく、ポートフォリオの一部でよいのです。

「初期資本を持ってこい」と言われても、無理です。

その通りで、この体系もそう注記しています。家族から資本を得られるかどうかは、社会的な不平等の一部です。現実的な順序は、固定費を極限まで下げる、ライスワークの比率を段階的に変える、返済不要の資金(助成金、クラウドファンディング)を狙うという流れです。最初のステップは誰にでも今日から実行でき、最も効果が確実です。

ポートフォリオを組むと、中途半端になりませんか?

「複数やる」ことと「中途半端」は別です。判定基準は、それぞれの活動が明確な機能を持っているかです。高い時給は生活の維持、0円はレア度の蓄積、マイナスは将来の素材という機能です。機能が説明できない活動は削ってください。「なんとなく続けている」ものがポートフォリオを中途半端にします。時間とともに上昇する設計になっているかも確認し、3年後も同じ構成なら停滞していると考えます。

「10年のストック」と言われると、絶望的です。

分解してください。要件のうち、今日から積めるものがあります。関連する論文を1本読む(解像度の高さ)、小さく1回やってみる(実績、プロトタイピング)、第3層に1人連絡する(仲間)、報告を1件返す(信頼性)、1本書く(発信力)などです。そして遅れの短い指標を使います。「今月いくら稼いだか」ではなく「今月ストックを何個積んだか」で進捗を測ります。

社会貢献を「お金になる」と語ることに、抵抗があります。

抵抗は理解できますが、区別が必要です。「お金のためにやる」のではなく「続けるためにお金が要る」という順序です。原則0の「コーチが自分の幸せをおざなりにしてはいけない」は、経済的な持続可能性も含みます。続かない支援は支援になりません。受益者と支払者を分離できれば、受益者から取らずに事業を成立させられ、倫理的にも優れた設計になります。

「旬」が来なかったら、どうすればいいですか?

2つの道があります。第1は翻訳することで、Aを今の時代の需要と接続できる形に言い換えます。Aは変わらず、Dを作り替えるという原則8の発想です。第2は待つ構造を作ることで、固定費を下げ他の収入源を持ち、続けられる状態にします。旬が永遠に来ない可能性もあり、そのときは原則6.5の障壁の扱い方——迂回できないなら目標そのものを再設計する——が必要になります。これは敗北ではなく、正しい設計変更です。


まとめ

  • 固定費を下げることは、増収と数学的に等価です。しかもはるかに早く、選択肢の自由度も上がります。
  • 「頑張ったから稼げる」のではなく「レアだから稼げる」。レア度は需要÷供給で決まり、供給が少ないだけでは足りません。
  • 100人に1人×3つ=100万分の1。掛け合わせの素材はA・α・Bから来るため、レアさと自分らしさは対立しません。
  • キャリア資本の考え方では、情熱は熟達の結果として生まれることが多く、SCCTと同型です。
  • 初期資本の調達は万人に開かれた選択肢ではなく、障壁を無視すべきではありません。
  • お金のポートフォリオは時給の異なる活動を同時に持ちます。0円は蓄積、マイナスは投資です。
  • 大きな資金はストックからしか生まれず、フローでは作れません。
  • 受益者と支払者は一致しなくてよく、同心円がビジネスモデルとして再登場します。
  • 旬があり、売れないことは価値がないことを意味しません。コーチの役割は待てるようにするか翻訳するかです。

参考文献

  • 藤原和博『藤原和博の必ず食える1%の人になる方法』東洋経済新報社(キャリアの大三角形/100万分の1の希少性)
  • Newport, C. (2012). So Good They Can’t Ignore You: Why Skills Trump Passion in the Quest for Work You Love. Business Plus.
  • Center for Theory of Change — ロジックモデル
  • Kania, J., & Kramer, M. (2011). Collective Impact. Stanford Social Innovation Review.
  • Krumboltz, J. D. — 計画的偶発性理論
  • Lent, R. W., Brown, S. D., & Hackett, G. (1994). Journal of Vocational Behavior, 45(1).
  • Meadows, D. H. (2008). Thinking in Systems(ストックとフロー)

次の記事あなたが自分のやりたいことをやるのは、人類にとっての貢献である(原則15)
前の記事運は設計できる──つながりの構造という話