「やりたいことがない」という悩みの相当部分は、自己効力感を持てた領域がないという問題です。多くの人は「興味があるから行動できる」と考えますが、社会認知的キャリア理論(SCCT)が示す因果は逆で、できた経験がある領域に人は興味を持ちます。そして最も操作しやすいのは、人でも行動でもなく環境です。

シリーズ第4章「行動と感情」の記事で、対象は原則6.5(三者相互作用と自己効力感)です。原則6のABC分析における「A(先行刺激)を変える」という発想を、人生の設計レベルに拡張したものです。


目次

  1. 意志ではなく環境を変えるべき理由|三者相互決定論
  2. SCCT|興味は自己効力感の下流にある
  3. 障壁を無視せず、自己効力感の4つの源泉を使う
  4. 小さく刻む設計と環境分析のワーク
  5. よくある質問
  6. まとめ
  7. 参考文献

1. 意志ではなく環境を変えるべき理由|三者相互決定論

「変われないのは意志が弱いから」という説明は、個人要因(P)だけを見た一変数のモデルです。このモデルでは介入は「もっと頑張る」しかなく、効果は限定的です。

バンデューラの社会的認知理論は、個人要因(P)・行動(B)・環境(E)の3つを置き、すべての矢印を双方向とする相互決定論とは、この3要素が互いに規定し合うという考え方のことです。

図解

見落とされがちなのは「行動が環境を選び、作り変える」という経路です。発信すれば人が集まり、集まった人が新たな環境になります。行動は環境の受け手であるだけでなく、環境の作り手でもあるのです。これは原則13(コミュニティとネットワーク)の理論的根拠であり、原則9-Aのループとも重なります。

3つの経路のうち、信念への直接介入が最も難しい

経路 難易度
E → B → P(環境を変える) 低い 転職する→新しい行動が要求される→「自分にもできる」
B → E → P(行動を変える) 発信を始める→人が集まる→「求められている」
P → B(信念を変える) 高い 「できると思おう」→行動が変わる(説得では変わらない)

信念への直接介入が効かないことは、体系の複数箇所で確認されています。原則4では思い込みは説得ではなく行動の結果でしか変わらないとされ、原則9-Aでは最も効くレバレッジポイントほど手を入れにくいとされます。結論として、Pに直接介入せず、EかBから入り、Pの変化は結果として待つのが有効です。

環境が最も操作しやすい理由

介入点 持続性 意志の消費 一度きりか
人(やる気・信念) 低い 大きい 繰り返し必要
行動 毎回必要
環境 高い ほぼゼロ 一度変えれば続く

環境の最大の利点は、意志を消費しないことです。スマホを別の部屋に置けば、それ以降は意志を使いません。「見ないようにしよう」と毎晩決意するのとはコストがまったく違います。

具体的な環境操作は、物理環境(物の配置、通る道)、人間関係(付き合う人、所属するコミュニティ)、情報環境(見る媒体、通知、フォロー先)、時間構造(予定の入れ方、締切)、金銭構造(先払い、自動引き落とし)の5領域に整理できます。付き合う人、所属するコミュニティ、目に入る情報を変えることが、最も確実な自己変革の手段になります。

原則6のABC分析で言えば、これはA(先行刺激)の操作にあたります。行動に直接介入するのではなく、行動が起きる・起きない文脈のほうを変えるという発想は、原則6・6.5・9-A・13・18・20-Bを通じて一貫しています。


2. SCCT|興味は自己効力感の下流にある

社会認知的キャリア理論(SCCT: Social Cognitive Career Theory)とは、Lent, Brown & Hackett (1994) がバンデューラの社会的認知理論をキャリア発達に適用した理論のことです。中核となる因果の連鎖では、興味は自己効力感の下流に位置づけられます。

図解

多くの人は「興味があるから、やってみる」と考えますが、SCCTの因果は「やってできたから、興味を持つ」です。適性診断で興味を見つけるのではなく、経験を積んで自己効力感を作ることが先に来ます。

「やりたいことがない」という悩みの相当部分は、自己効力感を持てた領域がないという問題です。これは「やりたいことは何ですか」と正面から聞いても答えが出ない理由について、原則5(Kegan:願いは主体化されておらず自覚できない)とは別の説明を与えます。両者は排他的ではなく、同時に起きていることも多くあります。したがって介入すべきは興味の探索ではなく、小さくても「できた」という経験を積ませることです。これが、生活の記事で運動を「やりたいことがない」への処方として挙げた根拠でもあります。運動は最も低コストで自己効力感を積める領域だからです。

結果期待という第二の変数

SCCTには、自己効力感と並ぶ結果期待(outcome expectations)という変数があります。結果期待とは、それをやったらどうなるかという予測のことです。「できる」と思えても「やっても報われない」と思っていれば、行動は起きません。

自己効力感 結果期待 行動
高い 高い 起きる
高い 低い 起きない(できるけど、やっても無駄)
低い 高い 起きない(価値はあるけど、自分には無理)
低い 低い 起きない

能力があるのに動かない人に「あなたならできる」と言い続けても効かないのは、問題が結果期待の側にあるためです。結果期待への介入は、成功事例を見せる、報われる経路を可視化する、経済的な見通しを示す、小さく試して確認するという4つの方法があります。原則14(お金)と原則8(企画がどう社会を変えるか)は、この結果期待を具体化する回だと位置づけられます。

動かないクライアントには「もし確実にできるとしたら、やりますか」と問うことで判別できます。「やります」なら自己効力感の問題、「うーん」なら結果期待の問題です。


3. 障壁を無視せず、自己効力感の4つの源泉を使う

SCCTは環境的障壁(barriers)を理論に組み込んでいる点で実務的です。クライアントの幸福には、個人の力だけでは変えられない要素(戦争、経済状況、制度、家族の病など)もあるという原則0の認識と一致します。障壁を理論に含めない枠組みは、コーチを精神論に追い込みます。

障壁は3段階で扱います。

  1. 事実として認識する(「気にしなくていい」とは言わない)
  2. 迂回可能か具体的に検証する(検証せずに「無理」と結論しない)
  3. 迂回できない場合は目標そのものを再設計する(障壁のある目標に固執させない)

3段階目が重要です。目標の再設計は敗北ではありません。原則8で見た通り、願い(A)は変わらず、形(D)は何度でも作り替えられます。障壁があるのはDのほうであって、Aのほうではないことが多いため、Aを保ったまま別のDを設計するのが正しい再設計です。障壁だけを見ると動けなくなり、支援(いま使える資源、協力者、すでに持っているもの)だけを見ると精神論になるため、両方を確認します。

自己効力感の4つの源泉

自己効力感とは、バンデューラ (1977) の定義によれば、ある状況において必要な行動をうまく遂行できるという自分自身への確信のことです。能力そのものではなく、能力についての信念である点が要点で、自己効力感が高いほど困難な目標を選び、長く粘り、失敗から早く回復します。

源泉 内容 強さ セッションでの使い方
① 遂行行動の達成 実際に自分でやってみて成功した経験 最強 極小の一歩を設計し、確実に成功させる
② 代理的経験 自分と似た人が成功しているのを見る 「自分と近い人」であるほど効く(原則7と接続)
③ 言語的説得 他者から「できる」と言われる 根拠のない励ましは逆効果。具体的な事実に基づく承認が必要
④ 情緒的覚醒 心身の状態が落ち着いていること 原則2・3(姿勢・呼吸)が直接ここに効く
⑤ 想像的体験 成功をありありとイメージする 補助 原則12(イメージング)が対応

励ましは最も安価で頻繁に使われますが、最も効きません。さらに根拠のない励ましは逆効果になりえます。「この人は自分の実情を分かっていない」と思われたり、失敗したときに負債になったりするためです。有効な言語的説得の条件は、具体的な事実に基づいていることです。「あなたならできますよ」ではなく「先月、同じ状況で3回やり切っていますよね」という形にします。

代理的経験は、モデルが自分と似ているほど効きます。「イーロン・マスクもやっている」は効かず、「同じ立場から始めた人」が効きます。ロールモデルを提示するときは、成功の大きさではなく出発点の近さで選んでください。

情緒的覚醒は原則2・3が直接効く場所です。緊張して手が震えているとき、人はそれを「自分にはできない証拠」として解釈しますが、落ち着いていると「できそうだ」と解釈します。呼吸を整えることは、自己効力感の源泉の一つを直接操作していることになります。


4. 小さく刻む設計と環境分析のワーク

最強の源泉である遂行行動の達成は、極小の一歩を設計し、確実に成功させることで作れます。失敗する可能性のある課題を与えて励ますのは、自己効力感を下げます。

図解

「簡単すぎる」ことのリスクは「難しすぎる」より小さいというのが実務的な判断です。簡単すぎてもやり切ったという事実は残りますが、難しすぎると失敗という事実が残ります。迷ったら簡単なほうに倒してください。

刻み方の手順は、目標を書く→「今週やるとしたら」→「今日やるとしたら」→「今から5分でやるとしたら」→その答えを実際に今やる、という5段階です。多くの人は「今週」で止まるため、5分まで刻むことが要点です。原則9-Bで見た「極小の一歩」と同じ原理で、サイズを小さくするのは達成のためではなく確実性のためです。

環境分析のワーク

相手のやりたいことを促す環境を三者相互作用に基づいて分析するワークは、次の4問に落とせます。

# 問い 狙い
1 いまの環境(E)は、どんな行動(B)を促し、どんな行動を抑制しているか 現状の環境の機能を可視化
2 その環境が、どんな信念(P)を強化しているか E→Pの経路を見る
3 望む行動(B’)が自然に起きる環境(E’)は、どんな環境か 目標環境の設計
4 E’に近づくためにいま取れる最小の行動は何か 極小の一歩

3問目の「自然に起きる」が要点です。意志で行動する環境ではなく、放っておいても行動が起きる環境を設計します。「毎朝5時に起きて勉強する」ではなく「勉強する人がいる場所に朝の予定を入れる」、「SNSを見ないようにする」ではなく「通知を切りアプリを消す」という形にします。分析で終わらせず、4問目の「いま取れる最小の行動」はセッション中に実行できるサイズにしてください。連絡を1件送る、予定を1つ入れる、アプリを1つ消す、といった大きさです。

今日から試せること

  1. 意志に頼っている習慣を1つ選び、環境を1箇所変える。「見ないようにしよう」ではなく見えない場所に置き、「早く寝よう」ではなく寝室に充電器を置かない、という意志を使わない設計に変えます。
  2. 「もし確実にできるとしたら、やりますか」と自問する。やらないことを1つ選んで問い、「やる」なら自己効力感、「うーん」なら結果期待の問題だと判別します。
  3. 目標を「今週」→「今日」→「今から5分で」まで刻み、5分版をいま実行します。確実に成功するサイズであることが唯一の条件です。

5. よくある質問

環境を変えられない状況にあります(家庭、職場など)。

障壁の扱い方に従ってください。まず変えられないことを事実として認める、次に環境全体は変えられなくても一部(1日の中の30分、通勤経路、見る情報)は変えられることが多いので検証する、それでも迂回できないなら目標を再設計します。情報環境は多くの場合、最も変えやすい環境です。

「やりたいことがない」人に、何から始めさせますか。

自己効力感を積める領域を探してください。興味の探索ではありません。条件は、確実にできる、結果がすぐ分かる、繰り返せるの3つです。運動、料理、片付け、語学の反復など内容は何でもよく、「決めたことをやれた」という事実が積み上がることが目的です。SCCTの因果に従えば、自己効力感が上がると興味の範囲が自然に広がります。

励ましてはいけないのですか。

根拠のない励ましがいけません。有効な条件は具体的な事実に基づいていることです。「あなたならできる」ではなく「先月、同じ状況で3回やり切っていますよね」という形にします。励ましは4つの源泉の中で3番目に強いにすぎないため、同じ時間を使うなら極小の一歩を設計するほうが効きます。

環境を変えたら、周りの人が離れていきました。

それは環境操作の副作用として起こりえ、原則13の内容と接続します。ダンバー数の観点では上位層は容量が固定されているため、関係を増やすことは同時に関係を減らすことでもあります。ただし意図せず重要な関係を失っていないかは確認してください。第1層・第2層(週1・月1で接触する人)は意識的に維持する必要があります。

小さく刻みすぎて、意味を感じません。

意味はあとから来ます。サイズを小さくするのは達成のためではなく確実性のためであり、「これができても意味がない」と感じても、やり切ったという事実は残ります。SCCTの連鎖では自己効力感の次に興味が来るため、意味は動き始めてから形成されるものであり、先に来るものではありません。


6. まとめ

  • 「意志が弱い」は個人要因だけを見た一変数のモデルで、介入の選択肢が「頑張る」しかなくなります。
  • 相互決定論では人・行動・環境が双方向に規定し合い、行動が環境を作るという経路が見落とされがちです。
  • Pに直接介入せず、EかBから入り、Pの変化は結果として待ちます。環境の最大の利点は意志を消費しないことです。
  • SCCTでは興味は自己効力感の下流にあり、「やりたいことがない」の相当部分は自己効力感を持てた領域がないという問題です。
  • 結果期待という第二の変数があり、「できるけど、やっても無駄」で行動は止まります。判別の問いは「もし確実にできるとしたら、やりますか」です。
  • 障壁は認識→検証→目標の再設計の順で扱い、願い(A)は保ったまま形(D)を作り替えます。
  • 自己効力感の4つの源泉のうち遂行行動の達成が最強で、言語的説得は最も使われ最も効きません。
  • 小さく刻むのは達成のためではなく確実性のためで、迷ったら簡単なほうへ倒します。

7. 参考文献

  • Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2).
  • Bandura, A. (1986). Social Foundations of Thought and Action: A Social Cognitive Theory. Prentice-Hall.
  • Bandura, A. (1997). Self-Efficacy: The Exercise of Control. Freeman.
  • Lent, R. W., Brown, S. D., & Hackett, G. (1994). Toward a Unifying Social Cognitive Theory of Career and Academic Interest, Choice, and Performance. Journal of Vocational Behavior, 45(1).
  • Lent, R. W., & Brown, S. D. (2013). Social cognitive model of career self-management. Journal of Counseling Psychology.
  • Maddux, J. E. (1995). Self-Efficacy, Adaptation, and Adjustment.
  • Thaler, R. H., & Sunstein, C. R. (2008). Nudge.

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