「行動主義は心を扱わない」という理解は、半世紀前の行動主義についてなら正しいものの、現代の行動分析については誤りです。Skinnerの徹底的行動主義から始まった系譜は、関係フレーム理論(RFT)という言語の理論を経て、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)という思考と感情を正面から扱う心理療法に到達しました。両者を貫くのは「その行動は、この文脈の中でどう働いているか(機能)」という一つの問いです。形ではなく機能で見るこの立場を、機能的文脈主義と呼びます。
この記事は【研究・文献深掘りシリーズ】R-04にあたり、原則6と原則9-Bの背景を理論史のレベルで扱います。この2つの原則が、なぜ同じ問いの立て方をするのか、その理由がここにあります。
目次
- 3つの波という整理と、より正確な地図
- Skinnerの徹底的行動主義と三項随伴性
- 行動主義が説明できなかった言語の問題
- 関係フレーム理論(RFT)|なぜ言語が苦しみを生むのか
- 機能的文脈主義とACTのヘキサフレックス
- ACTのエビデンスと論争
- 実務での使い分け
- よくある質問
- まとめ
- 参考文献
1. 3つの波という整理と、より正確な地図 {: #1} {: #1}
心理療法の発展史は、行動の随伴性を扱う第1世代(行動療法)、認知の内容を扱う第2世代(認知療法・CBT)、認知との関係を扱う第3世代(ACT、MBCT、DBT)という「3つの波」で整理されることが一般的です。しかしこの整理には、直線的すぎる・CBTを単純化している・自己宣伝的であるという批判があります。「3つの波」という比喩はHayes自身が用いたものですが、実際には各世代が並行して発展しており、後の波が前を置き換えたわけではありません。
| 世代 | 名称 | 中心 |
|---|---|---|
| 第1世代 | 行動療法 | 行動の随伴性 |
| 第2世代 | 認知療法・CBT | 認知の内容 |
| 第3世代 | ACT、MBCT、DBT | 認知との関係 |
より正確には、ACTは認知療法の発展形ではなく、行動分析の系譜から認知療法とは別ルートで生まれました。だからACTと現代CBTは「新旧」ではなく、異なる系譜の並存として理解する必要があります。

この記事は、そのうちの一方である「行動分析からACTへの系譜」を辿ります。
2. Skinnerの徹底的行動主義と三項随伴性 {: #2} {: #2}
徹底的行動主義とは、思考や感情も含めたあらゆる行動を、環境との関係の中で捉える立場のことです。しばしば誤解されますが、Skinnerの徹底的行動主義は「心を無視する」立場ではありません。観察できないものを科学の対象外とした方法論的行動主義(Watsonら)とは異なり、Skinnerは思考・感情も行動として扱いました(私的出来事 private events)。「徹底的」とは、行動の範囲を私的な出来事にまで徹底的に広げるという意味です。
| 立場 | 思考・感情の扱い |
|---|---|
| 方法論的行動主義(Watsonら) | 観察できないものは科学の対象外。扱わない |
| 徹底的行動主義(Skinner) | 思考・感情も行動として扱う(私的出来事) |
Skinnerにとって「考える」も「感じる」も行動であり、ただ観察者が本人一人しかいない行動というだけです。この立場からは、「不安だから避けた」ではなく「不安と回避は、同じ随伴性の中で共に生じている」という見方が導かれ、感情を変えなくても行動を変えられるという実務的な利点が生まれます。原則9-Bの「感情と戦うのをやめる」が成立する理論的基盤は、ここにあります。
Skinnerのオペラント条件づけとは、行動が環境に働きかけ、その結果が行動を変えるという能動的な学習の仕組みのことです。刺激が反応を引き出すレスポンデント条件づけ(Pavlov)が受動的であるのに対し、オペラントは「環境に操作を加える(operate)」ことに由来する能動的な過程です。
三項随伴性と機能分析
三項随伴性とは、先行刺激(A)・行動(B)・結果(C)という枠組みで行動を捉える考え方のことです。中核の法則は、結果(C)が行動の将来の頻度を決めるという点にあります。
| Cで起きること | 呼び名 | 行動は |
|---|---|---|
| 好子が出現 | 正の強化 | 増える |
| 嫌子が消失 | 負の強化 | 増える |
| 嫌子が出現 | 正の弱化 | 減る |
| 好子が消失 | 負の弱化 | 減る |
「負の強化」は「罰」ではなく、行動を増やす方向に働く点が最も多い誤解です。先延ばし、回避、飲酒、確認行動など、多くの問題行動は不快の除去による負の強化で維持されています。
機能分析とは、行動をその形(トポグラフィ)ではなく機能で分類する分析手法のことです。同じ「子どもが泣く」という行動でも、注意の獲得・要求の実現・嫌な課題からの逃避・感覚刺激の自己生成という異なる機能を持ちえます。

形が同じでも機能が違えば、介入は違います。「その行動は何の役に立っているのか」という問いは、この機能分析そのものです。応用行動分析(ABA)は、Baer, Wolf & Risley (1968)が定義した応用的・行動的・分析的・技術的・概念的に体系的・効果的・般化可能という7つの特徴を持つ応用領域で、実験的行動分析と応用行動分析には膨大な蓄積があり、格付けではA格です。ただしABAには、特に自閉症当事者コミュニティから、規範への適応を強いる、当事者の主体性を軽視するといった倫理的な批判があります。技法の有効性と、その使われ方の倫理は別の問題です。
3. 行動主義が説明できなかった言語の問題 {: #3} {: #3}
行動分析は動物実験で得られた原理を人間に適用しましたが、人間には決定的に違う点がありました。それは、直接経験していないことについて学習できるという点です。「あの角を曲がると危険だ」と言われただけでその角を避けるようになるのは、動物にはできない学習です。
| 動物 | 人間 |
|---|---|
| 直接経験した随伴性から学習する | 経験していないことについて学習できる |
| 実際に嫌な目に遭った場面で恐怖を感じる | その場にないものについて苦しめる |
Skinnerは1957年の『Verbal Behavior』で言語を扱いましたが、これはChomskyによる激烈な批判(1959)を受けました。Chomskyは、人間が聞いたことのない文を無限に作れるという言語の生産性は、強化の履歴では説明できないと主張し、この批判は広く受け入れられ、行動主義の言語理論は長く停滞しました。
この停滞への行動分析側からの応答が、関係フレーム理論(RFT)です。Hayes, Barnes-Holmes & Roche (2001)『Relational Frame Theory: A Post-Skinnerian Account of Human Language and Cognition』の副題「ポスト・スキナー的」が、その位置づけを示しています。
4. 関係フレーム理論(RFT)|なぜ言語が苦しみを生むのか {: #4} {: #4}
関係フレーム理論(RFT)とは、人間が直接経験していない関係を言葉によって恣意的に結びつけて学習できるとする理論のことです。この能力は生得的な言語器官ではなく、関係づけること自体が学習された行動(学習された般化オペラント)だとされます。
RFTの中核概念は3つあります。相互的内包(mutual entailment)は、「AはBだ」と学ぶと教わっていない「BはAだ」も自動的に成立することです。複合的内包(combinatorial entailment)は、「A=B」「B=C」と学ぶと教わっていない「A=C」も成立することです。そして最も重要なのが刺激機能の変換(transformation of stimulus functions)で、関係のネットワークを通じてある刺激の情動的な機能が別の刺激に転移する現象です。「Aは怖い」と学習し「AはBと同じ」と教わると、Bについて何も経験していないのに、Bも怖くなります。

| 従来の行動分析 | RFT | |
|---|---|---|
| 学習の源 | 直接経験した随伴性 | +言語的に導出された関係 |
| 恐怖の獲得 | 実際に嫌な経験をする | 言われるだけで獲得しうる |
| 般化 | 物理的な類似性 | 恣意的な関係(言葉) |
物理的に似ていなくても、言葉で結びつければ機能が転移するという「恣意的」な点が要点です。
人間の強みと苦しみは、同じ能力から来る
言語による関係づけの能力は、経験していない未来を想定し計画する強みを生む一方で、経験していない苦痛を今ここに呼び出す苦しみも生みます。

苦しみの生成過程は、「失敗」=「価値がない」という関係を一度学習すると、「価値がない」=「愛されない」というネットワークが自動的に広がり、実際には何も起きていない今この瞬間に「失敗しそうだ」と考えるだけで、実際に失敗したときと同じ情動反応が起きる、という段階を踏みます。
最も厄介な性質は、この関係ネットワークが消去できないという点です。条件づけられた反応は強化がなくなれば徐々に消える(消去)のが通常ですが、関係ネットワークは違い、一度作られた関係は上書きされるだけで消えません。新しい関係(「失敗=学び」)を追加することはできますが、古い関係(「失敗=価値がない」)は残り、ストレス下では古い関係が優勢になりやすいとされます。

ACTの戦略は、ここから導かれます。なお、思考抑制の逆説効果(「白熊を考えないで」と言われると考えてしまう現象)を示すWegnerの実験は、皮肉過程理論という別の系譜からの独立した証拠であり、抑制の監視プロセス自体が対象を活性化するという主張です。異なる出自から「消そうとする戦略には限界がある」という同じ結論に至っています。RFTは実験的な裏づけを積み上げている理論ですが、Chomsky的な言語学からは依然として批判があり、実験の多くが実験室での単純な課題であるため臨床現象への外挿には飛躍があるという指摘もあります。
5. 機能的文脈主義とACTのヘキサフレックス {: #5} {: #5}
機能的文脈主義とは、行動をその形ではなく文脈の中での働きで評価し、出来事をその文脈から切り離しては理解できないとする哲学的立場のことです。これがACTの哲学的立場であり、行動分析とACTを貫く一本の線でもあります。
真理の基準がここで他の科学哲学と決定的に違います。実在論・機械論では「事実と一致しているか」(対応説)が真理の基準ですが、機能的文脈主義では「うまくいくか(workability)」——目的に照らして有効か——が基準になります。

コーチングでは、「その考えは正しいですか」ではなく「その考えを握りしめていることは、あなたが望む人生に近づけていますか」という問いの立て方に変わります。これは原則6の「その行動は何の役に立っているのか」と完全に同じ問いの立て方です。

第1世代と第3世代が同じ哲学を共有しており、これがACTが行動分析の系譜にある理由です。第2世代(認知の内容を扱う)だけが少し違う場所にいます。
ACTのヘキサフレックス
ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)とは、思考との関係を変えることで心理的柔軟性を高める心理療法のことです。6つの中核プロセスから構成されます。
| プロセス | 内容 | 反対の状態 |
|---|---|---|
| アクセプタンス | 不快な感情を避けずに、あるがままに置いておく | 体験の回避 |
| 脱フュージョン | 思考を「事実」ではなく「言葉」として眺める | 認知的フュージョン |
| 今この瞬間との接触 | 過去や未来ではなく、現在に注意を戻す | 過去/未来への支配 |
| 文脈としての自己 | 「観察している自分」という視点に立つ | 概念化された自己への執着 |
| 価値(Values) | 何が自分にとって大切かを明確にする | 価値の不明確さ |
| コミットされた行為 | 価値に沿った行動を実際に取る | 不活発/衝動性 |
これら6つが統合された状態を心理的柔軟性(psychological flexibility)と呼びます。ACTは症状の除去を目標にせず、目標は「価値に沿って生きられること」であり、症状が軽くなることはあってもそれは副産物です。これは多くの心理療法と根本的に異なる立場であり、効果研究の解釈を難しくする一因にもなっています。
ヘキサフレックスはU字理論の谷とも同型です。アクセプタンス・脱フュージョン・今ここ・文脈としての自己はUの谷を下る左半分に、今ここ・文脈としての自己・価値・コミットされた行為はUの谷を上る右半分に対応します。U理論は現象学と組織学習論、ACTは行動分析と臨床心理という異なる出自から、同じ形に着いています。

「文脈としての自己」は6つの中でも最も理解しにくく、最も重要な概念です。「私は〜な人間だ」という物語である概念化された自己、今ここで起きていることに気づいているプロセスとしての自己に対し、文脈としての自己はすべての経験が起きている「場所」としての自己です。思考や感情が「空を流れる雲」だとすれば、文脈としての自己は「空そのもの」にあたります。概念化された自己(「私はダメな人間だ」)に同一化していると、それを守るために行動が制限されますが、文脈としての自己の視点に立てると、どんな物語も自分の一部でしかないと分かります。原則10のマインドフルネス要素、原則21の「主語の調整」(最高の自分なら/神様は)が、これにあたります。
6. ACTのエビデンスと論争 {: #6} {: #6}
複数のメタ分析が示す評価は、有効だが確立された治療法に対する優位性は示していないというものです。A-Tjak et al. (2015)をはじめとするメタ分析は、ACTが待機リスト対照や通常治療(TAU)より有効であることを支持しつつ、CBTより有効かという点では明確な優位性を示していません。
| 知見 | 評価 |
|---|---|
| ACTは待機リスト対照より有効 | 支持されている |
| ACTは通常治療(TAU)より有効 | 支持されている |
| ACTはCBTより有効か | 明確な優位性は示されていない |
| 適用範囲(慢性疼痛、不安、抑うつ、依存など) | 広い |
論争点は4つあります。CBT研究者からは「ACTが主張する新規性の多くは既存のCBTにも含まれている」という指摘があり、初期のACT研究はサンプルサイズが小さく研究者の忠誠効果(allegiance effect)の影響が指摘されています。ACTは「心理的柔軟性が改善を媒介する」と主張しますが媒介分析の証拠は限定的で、症状除去を目標にしないにもかかわらず効果研究では症状尺度で測られるという、目標と測定のずれもあります。

格付けはB格(支持あり・限定的)です。有効性は支持されているが、優位性は示されていません。
7. 実務での使い分け {: #7} {: #7}
どの技法を使っても「それは何の役に立っているか」という機能を見る問いは共通です。その上で、迷ったら行動分析から始めるのが原則です。理由は最も具体的で最も検証しやすいためで、環境(A)を変えて行動が変わるかを見て、変わらなければ別の層の問題だと判断できます。「環境を変えても動かない」「機能が分かっても動かない」場面では、言語のネットワークが関与している可能性があり、そこでACTの技法が必要になります。
| 状況 | 使うもの | 系譜 |
|---|---|---|
| 明らかな事実誤認・過度の一般化 | 認知の検討 | CBT |
| やめたい行動がある | ABC分析・機能分析 | 行動分析 |
| 意志に頼って失敗し続けている | 環境設計(Aの操作) | 行動分析 |
| 「分かっているのにやめられない」 | 創造的絶望 | ACT |
| 感情を消そうとして疲弊している | アクセプタンス+脱フュージョン | ACT |
| 自分の物語に縛られている | 文脈としての自己 | ACT |
| 方向が見えない | 価値の明確化 | ACT |
| 分かったが動けない | コミットされた行為+極小の一歩 | ACT+行動分析 |
コーチが使ってよい範囲も技法ごとに異なります。ABC分析・機能分析・環境設計・価値の明確化・軽度の脱フュージョンは範囲内ですが、創造的絶望は安心の場や上昇への接続がある場合に限る条件付き、深いトラウマ文脈のアクセプタンスは専門家に委ねる範囲外です。
8. よくある質問 {: #8} {: #8}
「行動主義は心を無視する」と習いました。
それは方法論的行動主義(Watsonら)についての記述です。Skinnerの徹底的行動主義は、思考も感情も私的出来事として行動の範囲に含めます。「徹底的」とは、行動の範囲を私的出来事にまで広げるという意味です。そして現代の行動分析(RFT)は、言語と認知を正面から扱っています。
ACTとCBT、どちらを学ぶべきですか。
コーチであれば、どちらも「実施する」立場ではありません。クライアントの構造を見る目を養う目的なら、まず行動分析(ABC分析と機能分析)が費用対効果が高く、シンプルで適用範囲が広く、エビデンスも強いためです。ACTは「機能が分かっても動かない」場面で必要になるため、順序としては行動分析からACTへ進むのが自然です。
「負の強化」と「罰」を混同しがちです。
「正/負」は刺激の出現/消失を指し、「良い/悪い」ではありません。負の強化は行動を増やす方向に働き、実務では最も重要です。回避行動のほとんどが、これで維持されています。
| 好子(快) | 嫌子(不快) | |
|---|---|---|
| 出現 | 正の強化(増える) | 正の弱化(減る) |
| 消失 | 負の弱化(減る) | 負の強化(増える) |
「関係ネットワークは消せない」なら、変化は不可能では。
変化は可能です。ただし「消去」ではなく「追加」と「文脈の変更」によって起こります。新しい関係を追加すると古い関係は残るが優勢な関係が変わりえます。文脈を変えると同じ思考でも機能が変わり(脱フュージョン)、行動を変えると思考が残ったまま行動だけ変えられます。この3つ目がACTの中核戦略で、「その考えが浮かんだまま、望む行動が取れるか」を問います。
機能的文脈主義の「うまくいくか」は、相対主義ではないですか。
正当な哲学的批判です。「うまくいく」は目的に依存し、目的は誰が決めるのかという問題が残ります。ACTの応答は、目的をクライアントの価値が決めるというもので、だから「価値の明確化」がヘキサフレックスに含まれています。それでもクライアントの価値自体が社会的に構築されたものではないかという論点は決着していません。実務的には、「うまくいくか」を判断するのはクライアントでありコーチではない、という線を守ることで押しつけを防げます。
ABAには批判があると聞きました。
あります。特に自閉症当事者コミュニティからの批判は重要です。規範的な行動への適応を強いる、当事者の主体性と快適さを軽視した実践があった、反復訓練による負担、といった論点があります。技法の有効性と、その使われ方の倫理は別の問題です。機能分析という道具自体は中立ですが、誰の目的のために使うかは倫理の問題です。コーチングでは、目標を決めるのはクライアントであるという原則0の立場が、そのまま倫理的な歯止めになります。
ACTのエビデンスは、結局どう評価すればよいですか。
「有効だが、既存の治療法より優れているという証拠はない」というのが正確な評価です。この評価はACTの価値を減じるものではなく、優劣ではなく焦点の違いで使い分けるのが実務的です。「分かっているのにやめられない」「感情を消そうとして疲弊している」という場面で、ACTの枠組みは他より使いやすい、それで十分です。
9. まとめ
- 「3つの波」は便利な整理ですが直線的すぎます。ACTは認知療法の発展形ではなく、別ルートから生まれました。
- 徹底的行動主義は心を無視しません。思考も感情も私的出来事として行動に含めます。
- 負の強化(不快の除去)が実務では最も重要で、回避行動の多くがこれで維持されています。
- 機能分析では、形が同じでも機能が違えば介入が違います。
- 行動主義が説明できなかったのは言語で、Chomskyの批判で長く停滞しました。
- RFTは、人間が直接経験していない関係を言葉で結びつけて学習できるとします。
- 中核概念は相互的内包・複合的内包・刺激機能の変換の3つです。
- 関係ネットワークは消去できず、上書きされるだけです。だから「消そうとする」戦略は原理的に苦しいものです。
- 機能的文脈主義では、真理の基準は「事実と一致しているか」ではなく「うまくいくか」です。
- これが原則6と原則9-Bを貫く一本の線です。
- ACTは症状除去を目標にせず、目標は価値に沿って生きられることです。
- ヘキサフレックスとU字は同型です。
- エビデンスは、有効だがCBTへの優位性は示されていません(B格)。
- 実務では、迷ったら行動分析から。動かないときにACTを使います。
10. 参考文献
- Skinner, B. F. (1953). Science and Human Behavior. Macmillan.
- Skinner, B. F. (1957). Verbal Behavior.
- Chomsky, N. (1959). Review of Skinner’s Verbal Behavior. Language, 35(1).
- Baer, D. M., Wolf, M. M., & Risley, T. R. (1968). Some current dimensions of applied behavior analysis. JABA, 1(1).
- Cooper, J. O., Heron, T. E., & Heward, W. L. (2007). Applied Behavior Analysis (2nd ed.).
- Hayes, S. C., Barnes-Holmes, D., & Roche, B. (Eds.) (2001). Relational Frame Theory: A Post-Skinnerian Account of Human Language and Cognition. Kluwer.
- Hayes, S. C., Strosahl, K. D., & Wilson, K. G. (2012). Acceptance and Commitment Therapy (2nd ed.). Guilford Press.
- Hayes, S. C. et al. (2006). Acceptance and Commitment Therapy: Model, processes and outcomes. Behaviour Research and Therapy, 44(1).
- A-Tjak, J. G. L. et al. (2015). A meta-analysis of the efficacy of acceptance and commitment therapy for clinically relevant mental and physical health problems. Psychotherapy and Psychosomatics, 84(1).
- Wegner, D. M. (1994). Psychological Review, 101(1).
